変異株とワクチンどちらが勝つか
まるで童話「カメとウサギ」のような,ワクチンと変異株の競争の厳しい見通し(原文;Variants v. Vaccines; The Race between the Tortoise and the Hare written by Tomas Pueyo, 氏の許可のもと翻訳。共訳;@kato_ )
2021 年には私たちは救われることが約束されていたはずでした.ワクチンが遂にできたのです.問題になったのは時間でした.B117 (英国変異株)が発生し,イングランドで感染爆発,医療崩壊を引き起こして,世界へと広がりました.
世界各国は今や,イギリス,南アフリカ,そしてブラジルからきた新しい変異株の広がりと,それらを止めるための大規模ワクチン接種との競争の中にいます.あなたの国では何が起きているでしょうか?ワクチンにより救われそうでしょうか?それとも,イギリスのように新たな死の波に襲われそうでしょうか?
新しい日常に戻れるのはいつになるのでしょう?
それに答えるために,英国で何が起きているのかを理解し,B117 (英国変異株)についてわかっていることを集め,ワクチンについて調べて,今から夏までに何が起こるのかについて予想しましょう.
イギリスで何が起こったのか?
Alex White が第3波の中頃(1月3日)に,
Alex White;「感染者数のプロットを平たくしろ」と我々が言うのは,「X軸に沿って」という意味だったと思うんだけど
と言ったように,ピーク時には毎日千人に一人のイギリス人がCOVID-19 であると診断されていました.そして,それは(PCR)検査の(量の)向上に由来するものではないのです.
これらの症例はどこから来たのでしょう?
ほとんど全ての新しい症例はイングランドからのもので,未だに発生し続けています.
このB117と呼ばれるようになった新しい変異株はイングランドにほぼいなかったところから,数週間で大部分を占めるに至りました.いかにそれが迅速に起きたのかを見てみましょう.
11月から1月にかけて,イングランドでB.1.1.7 新変異株がどのように広がったのかを示した.色付けはそれぞれの地域での発症例のうち,B.1.1.7の占める割合を0–100 % で示している.
同じデータをもう一つの方法で見たのがこちらです;
この成長はロックダウンの最中に起きたのです.
The Economist(イギリスの週刊新聞) は次のように述べています;
“クリスマス休暇中、ロンドンは全国的なロックダウンと同等の制限下にありました.休日のため学校は閉鎖され、ほとんどのオフィスはしまっていました.それにも関わらず陽性確認者数は増加したのです.”
症例が激減したのは,さらに厳格なロックダウンの後でした.これは私たちが新しい英国変異株を 打ち負かすことができることを物語っています.しかし,いつ,どのようにして止めることができるのか 正確に理解するためにはこの変異株をよりよく理解する必要があります.
B117, イギリス変異株
以前よりも50% から70%速い伝播
最良の見積もりによれば,英国変異株は今まで主流のものより伝播するスピードが50%から70%速いとされています.
It Grows 50% to 70% Faster
今週に以前より約60%多い感染が生じ,来週にも同様に約60%多く,そして再来週も約60%多く感染が生じる…ということを意味することに気がつかなければ,大したことないように聞こえるかもしれませんが,数ヶ月経つと,想定よりも70倍多い感染が生じることになります.
それは夢物語を悪夢へと変える.
もし国がそれを事前に止めようと苦労するならば,それはもっとずっと苦労するでしょう.60%多い感染力があるというのは,平均再生産数R0が平均して2.7から約4.3になるということです.いかなる対策も取らずに,免疫のある人もいなければ,1人の感染者は4.3人に感染させます.対策をとっているために,Rを2.7から例えば,0.9に落としたために,もし国にわずかの感染者しかいなければ,同一の対策下ではRは約1.4 (0.9 から60%の増大)になります.この0.9 と 1.4 の差が夢物語を悪夢へと変えるのです.
より止めるのが困難に
Rを2.7 から1 にするには削減率が60 %必要.
Rを4.3 から1 にするには削減率が75 %必要.
この追加の15%は大したことなく見えるかもしれませんが,実際には大したことなのです.国は常に最も効率的な政策から始めます.例えば,人ごみの制限やマスクの義務化のような,安価で影響力のある政策です.R を削減するための政策を追加するうち,より小さい影響を与えるためにますます高価な政策が必要になります.つまり,最初にRを15%削減するのは,60%から75%の削減にするより,はるかにはるかに安価なのです.
多くの西側諸国において,それは外出禁止令に頼ったり,必要のない事業を閉鎖するときです(もしはるかに安価な政策があったとしても).
遥かに遠のく集団免疫
(変異株によって)集団免疫のしきい値が単純に人口の(ワクチンや感染からの回復を通じて)約60%から約75-80%に上がりました.
ある国で,ある時点で人口の20%が感染により免疫を持っているとしたら、以前は,60%の集団免疫のしきい値に到達するために,単に人口の約40%にワクチンを追加接種する必要がありました.
さて,しきい値が75%になったことで,ワクチンを接種するのは人口の40%ではなく,55%になりました.つまりこのワクチンが不足している時に,35%多くのワクチンが必要なのです(55%は40%よりも35%多い).
それは難しいだけではなく時間もかかります.ある国が毎月接種できるワクチンが平均で人口の5%だとすると,以前のコロナウイルスに対して集団免疫を獲得するまで8ヶ月かかることになります(つまり2021年の8月に完了する).しかし新しい変異株は,さらに3ヶ月,11月までかかります.
そして,これは過去に感染した人が継続して免疫を持っていると仮定しています.ブラジルのマナウスで学んだように,これは真実でない可能性があります.マナウスでは,人口の75%が感染することで集団免疫に達したと考えられており,その後,おそらく新しいブラジルの変異株による第二波が来て,酸素ボンベが不足して,人々はバタバタと死んでいきました.
より致命的
B117 (英国変異株)が最初に現れた時,多くの人々は言いました.「心配する必要はない.通常,ウイルスは突然変異すると弱毒化する.」
私(Tomas Pueyo; https://twitter.com/tomaspueyo)は,残念ながらそうではなく,強毒化しているのでは,と警告していた数少ない一人でした.
共通して考えられていたのは,「ウイルスがより早く宿主を死に至らしめるなら,感染拡大する機会はより少なくなる. 伝染性と毒性はトレードオフだ」ということです. 残念ながらそれはあまりにも単純化しすぎです.
伝染性と毒性のトレードオフについての理論の証拠はそれほど明確ではありません.この素晴らしい論文はそれをよく説明しています.
悪魔は細部に宿ります.例えば,パンデミックの初期段階では,ほとんどの人が感染していないとき(現在のCOVIDの場合),毒性は最も高くなる傾向があります.そして,私たちは集団免疫からほど遠いため,それは現在も含むのです.
同様に世界中を飛び回っているCOVIDのように,人々のつながりが強くなると毒性が強くなる傾向があります.
これは1918年の(スペイン風邪の)パンデミックで起こったことです.3月から5月の第一波は,その冬の第二波よりも毒性は低かったのです.
ウイルスが(スペイン風邪の変異株がそうであったように)細胞をより容易に貫通する時,それが意味するのはおそらく,より多くの細胞に感染し,より速く繁殖して,より速く体内に拡散することであり,止めるのが難しく,より多くの人を死に至らしめることを意味します.つまり,より致死性の高い変異株が勝つということです.これは150年前に知られていたことで,passageと呼ばれています.
このウイルスがより強毒化するかを予測するために,具体的なことに目を向ける必要がありました.
COVIDがどのように振る舞うかが,その毒性を増加させる不幸な候補になりました.最初に感染した後の,1日あたりに感染させる数のグラフを見ましょう.ほとんどの感染伝播は,症状が出る前,またはその後の早い時期に起こります.
もし変異株がより早く再生産するなら,症状はより初期に,より激しく現れるでしょう.そうすると,青と緑の部分はより高いピークを持つと思われます.
同様に,無症候性感染は感染者の約50%を占めますが,感染伝播の原因の5%以上にはなりません.より速く再生産するウイルスがあれば,より彼らの伝染性を高めることになるでしょう.これは,現在オレンジ色になっている領域が劇的に大きくなることを意味します.
逆に,人々はより病気が悪化し,より早く死ぬので、後から感染させる人は少なくなり,このグラフの右足がなくなることになります.
これら2つの要因の組み合わせにより,曲線は下図で青からオレンジへとシフトしていきます.
比較した時,どちらが大きいでしょう?ピーク時の感染伝播の増加は,右足部分の感染伝播の減少を上回るでしょう.
病気の人が増えれば 死者も増えます.しかし,死亡は感染してから数週間後に起こるので,より早く感染した人が死んだところで感染率は減りません.COVIDにおいては,死と伝染性が切り離されているため,ウイルスの毒性をより低くするような淘汰圧はありません.
だからこそ,新しい変異株は実際に30%強い毒性を示すのです.
闘い:変異株対ワクチン
世界的な拡大
B117 (英国変異株)は現在80カ国以上で確認され,なおも増え続けています.英国とデンマーク以外の国でまともな配列決定システムを持っている国はほとんどないので,それぞれの国でどれだけ多く蔓延しているのかを正確に伝えるのは非常に困難ですが,私が入手出来る限り一番近いものがこちらです.
英国,イスラエル,アイルランド,オーストリアのようないくつかの国では,B117はすでに憤りを感じるほどに蔓延しています.それ以外の国で,同様の状況になるのはいつ頃でしょうか?
B117(英国変異株)は毎週ほぼ倍増しています.2月末までには,スウェーデン,フランス,ベルギー,ドイツ,スペイン,オランダ,イタリア,アイルランド,ルクセンブルク,ポルトガル,スイス,そしてデンマークで過半数を占めるようになるでしょう.これらの国では,月を通した感染率の上昇率が最大50%まで上昇しようとしています.米国で同様の状況になるのは3月中旬でしょう.
では,変異株とワクチン,勝つのはどちらでしょう?すでにワクチンが勝者になった国もあります.
イスラエル
イスラエルでは100人あたり60回のワクチンを投与しました.感染伝播率は約40%減少しました.イスラエルで効果が実感され始めたのは,人口の約3割が接種を受けた1月中旬でした.
イスラエルは効率的で中央集権的な医療体制を持つ小さな先進国として,こうしたことができました.ああ,そして,ワクチン1本あたり通常の2倍近く支払っています.ファイザー社は,より多くのお金と迅速な実地試験を,ワクチンの納入が可能な国で行う利点を見て,悩むことなくワクチンをイスラエルに送ることにしたのです.
他の国はそれほど迅速に追随することは残念ながら出来ません.
ワクチン
英国や米国はイスラエルほどではありませんが,前進しています.この速さだと,英国は3–4ヶ月でほとんどの人にワクチンを接種するかもしれません.米国は夏までかかるでしょう.世界の先進国で遅れているのはヨーロッパ人の人たちです.
なぜこのようなことが起きているのかを理解するために,それぞれのワクチンを理解する必要があります.西側諸国で第3相試験が行われているワクチンは5種類あります.そのどれもが,大まかに言えば非常に効果的です.
5つのワクチンは,新しい変異株であっても,ほぼすべての重症化を排除します.また,従来のコロナウイルスではほとんどの症状がなくなり,一般的にはどのような変異株であっても少なくとも50%の症例を排除します(訳注;実際にそのような研究報告があるのかは不明です).現在,より多くの問題を引き起こしているのは南アフリカ変異株のみですが,この変異株に対してより良いワクチンがあります.
もし新しいワクチンが新しい変異株に対してあまり上手く働かなかったとしても,今は適応(してワクチンを改良)するのはかなり簡単です.私たちは変異株の遺伝情報を知っているので,人間への同等の副作用を維持した上で,ワクチンへの小さな微調整を行って,その有効性を高められる可能性は高いです.私(Tomas Pueyo)の考えでは,これ(変異株へのワクチンの適応)は私たちが心配すべきことではありません.心配すべきなのは,ワクチン接種を十分早く行えないことです.
問題はどこにあるのでしょう?十分なワクチンを購入出来ないことでしょうか?違います.
ほとんどの先進国は,必要以上の多くのワクチンを購入しています.製薬会社が十分に早く生産できていないだけです.
ワクチン製造はパンデミックにまつわる失敗談の一つとなっています.モデルナ社のワクチンは,コロナウイルスの遺伝情報が発表された2日後,2020年1月に作られました.治験,承認,製造,配布に丸1年かかりました.もっとうまくできたかもしれません.
訳者注;ここからの数段落は,ワクチンの開発体制とそこへの公共の介入の仕方に対する疑義を提示しています.実際の開発が安全性に対してどのように注意を払って行われたかについては,例えば,こちらのBBCの記事「英オックスフォード大の新型ウイルスワクチン、どうやってこんなに速くできたのか」が参考になるでしょう.次の段落でコメントしている,希望者にお金を払って,わざと感染させてワクチンの有効性を確かめる,と言う手法は第3相治験のスピードアップのための方策として提案されています.しかしながら,この手法は倫理面から,特に注意を払う必要があり,WHOからガイダンスも発行されています.詳しくは参考記事の1を参照してください.また,ワクチンの有効性については,ワクチン由来の変異も本来は考える必要があります.この点については,今後もしばらく検討事項になるでしょう.詳しくは,参考記事の2−4を参照してください.参考記事;1.英国、新型コロナのワクチン開発にヒトでのウイルス曝露試験実施へ(久保田文,日経バイオテク 2020/10/23)2.コロナ変異株にワクチンは効くのか(小野昌弘, Yahoo 2020/12/27)3.英国の変異ウイルスがまた変異、ワクチン効果を弱める恐れ(Tim Loh, Bloomberg 2021/2/3)4.新型コロナ変異株と再感染リスク、ワクチン効果との関係 現時点で分かっていること(忽那賢志, Yahoo 2021/2/7)
例えば,挑戦的な治験が出来たかもしれません.つまり,ワクチンを接種した後,自然に感染が起こるのを待つのではなく,被験者にお金を払ってワクチンを接種した後でコロナウイルスに感染させるのです.私たちは,そうした治験をやりたいと望む人に,そう決心するのに必要な費用は何でも支払うことができました.もし,お金を稼ぎながら,他人のために自らを犠牲にして,こうした治験に参加したい人がいるなら,それを妨げる理由があるでしょうか?そうすれば数ヶ月でワクチンの承認に漕ぎ着けて,数十万人もの人命と数十億の経済を救えたでしょう.
ワクチンの展開における失敗は無数に列挙できます.
なぜ,公的資金による生産能力の拡大を,早期に行うのではなく,承認“後”に行うのでしょう?たった今,ヨーロッパにあるファイザー社の工場は,生産能力を拡張するためにワクチンの生産を停止しているのです.
なぜ,公費により,ワクチンの作成方法を購入することで,全ての製薬会社にワクチンを製造させるのではなく,投与するワクチンに支払うのでしょう?
なぜ最も早く承認されたワクチンをその後すぐに競合他社に生産させないのでしょう?
なぜ,ワクチンを接種する人とその順番について,ワクチンが承認される前に何ヶ月もあったにもかかわらず,承認後に決めるのでしょう?
欧州連合がワクチンの承認を最低でも1ヶ月遅らせたのは,ワクチンがうまくいかなかった場合の責任の取り方について製薬会社と議論していたからです.なぜそんなことをしたのでしょう?ワクチン接種を1ヶ月延期したことによる経済の無駄に比べれば,節約した金額は微々たるものです.
治験結果を見て,ベイズ推定を用いることで,結果が更新されるごとに,成功の確率について更新していくのでは駄目だったのでしょうか?もし,治験結果が出始めた時に.どれだけ良い結果が出ているかを見ることが出来れば,承認プロセスやワクチンの製造,その展開の組織づくりをすることが出来たでしょう...
こうした多くのミスのために,今,私たちは何十億ものワクチンを購入し,わずか数百万人しか利用できません.先進国のかなりの割合の人がワクチンを接種するのに夏までかかります.
亀とうさぎ
変異株とワクチンの競争において,変異株がうさぎ,ワクチンが亀です.
皆が知っているように,亀がそうであるように,最終的に勝つのはワクチンです.今年の夏までに,先進国ではワクチン接種率は50%から80%になるでしょう.ある程度の集団免疫もあるでしょうし,夏といえば北半球では屋外に出ることになるので,夏の間のどこかでパンデミックは鎮静化する可能性が高いです.
問題になるのは何か:コロナウイルスが新しい変異株に取って変わられる前に,ワクチンを展開することが出来るのでしょうか?現時点での答えは残念ながら,無理です.
ほとんどの先進国で、2月から3月の間にB117変異株(英国変異株)に今のコロナウイスるはとってかわられるでしょう.これはブラジルと南アフリカの変異株を考慮に入れていません.
新興国/発展途上国はさらに不利な立場です.彼らは3つの変異株を持っているだけでなく,はるかに遅れてワクチン接種を受けることになるでしょう.そして南半球では,今,夏を楽しんでいます.冬には,より多くの変異株と不十分なワクチンのため,あまりいいことにはならなそうです.
だから,あと数ヶ月は気を引き締めましょう.油断は禁物です.トンネルの終わりは近いです.出来るならワクチンを接種しましょう.できなければ,夏まで待ちましょう. 9月までには先進国では新しい日常へと戻ることが出来るでしょう.そして,新興国/途上国ではより多くのワクチンと迅速な展開により,2020年の繰り返しを回避できることを期待しましょう.
頑張りましょう.